
浄土寺は兵庫県小野市にある高野山真言宗の寺社で、山号を極楽山と称し、本尊は薬師如来と阿弥陀如来、開山は俊乗坊重源で、建久年間の創建です。
浄土寺の前身は現在の浄土寺の西側約2kmの場所にあった広渡寺で、奈良時代中期に行基菩薩によって創建されたと伝えられています。
その後、広渡寺は兵火にかかり荒廃していましたが、後白河院の要請を受けた奈良東大寺の重源上人が1192年(建久3年)に現在の場所に復興し、浄土寺と呼ぶようになったと言われています。
復興と同時に浄土堂、次いで薬師堂が建立されました。
かつては播磨高野として大いに栄えたといわれています。
立地条件の悪さから、今では昔のような隆盛はないようですが、奈良や京都にある寺院と比べて見劣りしません。
「浄土堂」は中国から伝来の天竺様の建築様式を持つ建物で、この様式の建物は日本では他に東大寺南大門だけといわれています。
よって、天竺様の建築様式を持つ堂としては、この「浄土堂」は日本で唯一のものということになります。
天竺様の特徴は天井を貼らない化粧屋根裏や軒では円柱から何本も突き出ている挿肘木などに見られるといいます。
「浄土堂」は1957年(昭和32年)3月から2年半かけて解体修理が行われたようですが、建久年間からこの時まで一度も解体修理されたことがなかったといわれています。
修理前はかなり荒廃していたそうですが、約770年もの間風雪に耐え持ちこたえてきたということは信じ難いことです。